大原松露饅頭に関して、皆様からのいろいろな質問、疑問をまとめてみましたのでぜひご覧ください!

Q1.創業した嘉永(かえい)三年ってどんな年?
A 西暦1850年 江戸湾にペリーがやってくる三年前です。
 ちなみに、毎年11月2、3、4日に
唐津くんちという唐津神社の秋祭りが行われますが、唐津の曳山
は、8番山金獅子まで完成していました。
 このころから購買力が上がり、砂糖が流通し、お菓子を買うことが出来るようになったようです。

Q2.屋号が阿わび屋なのはどうして?
A 初代 惣兵衛が海産物商を営んでいたためです。惣兵衛の妻カツ子が、松露饅頭つくりを内職とし
て始めたが、すぐに評判をとり、本業としました。

Q3.松露饅頭の作り方は、惣兵衛が考えついたの?
A 豊臣秀吉が朝鮮に出兵したときに陶磁器や印刷技術と一緒にさまざまな文化が入ってきました。
その中に焼き饅頭があり、各家庭で伝承されてきました。饅頭を焼く型は福岡、長崎、大分に広く分布
しているが、蒸し饅頭や牡丹餅などと比べると難しく次第にすたれていったようです。

Q4.松露(しょうろ)ってなんですか?
A 海岸の黒松の根と共生する菌糸類(キノコの一種)です。松の根から養分をとり、代わりに菌糸から
とりいれた水分を与えます。松が大きくなると(根が張り水分を十分に取れるようになると)いなくなります。 
春と秋に丸い松露が出ます。(赤松に生えるマツタケと同様、最近はほとんど取れなく高価な食材で、お吸い物や炊き込みご飯の具として最高に美味です。)

Q5.日本三大松原って、どことどこ?
A 静岡県清水市の三保の松原、京都府宮津市の天の橋立、佐賀県唐津市の虹の松原です。
ただし、天の橋立を日本三景に数えると福井県敦賀市の気比の松原が入ります。
虹の松原はNHK21世紀に残したい日本の風景で全国第位に選らばれました。